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 頁をめくると、真先に出て来るのは「お祖父さんのお医者様」という題で、暖かそうな机の前で白髪の爺さんが、赤い帽子の孫娘がさし出す人形をおどけた呑気な顔で診察する真似をしてやってる絵だ。二三枚同じように罪なさそうな犬っころだの小鳥だのの色刷絵がある。
『キング』は労働者の家庭にも農村にも入るのだが今日の軍事経済政策による深刻な生活難で、どこの誰の爺さんと孫が実際こんなにヌクヌク安楽な目をして暮らしているか? 欠食児童なんか聞いたこともない。稼ぎてを戦争へ引っぱり出されたので、生きる手段を失い首をくくって死んだ七十の爺さんなんか一人もいない日本だと云いたげな、絵そらごとだ。
 資本家地主の専制的な権力をよりあってかためている軍人華族ブルジョア反動教育家などの写真を何枚も見せられ、外国人の写真が出たから何かと見ると下に「人生の快事」と題して「人生にすべての苦難がなくなったときの索漠たる物寂しさを想像して見よ」この世は辛いのでいいのだという金言みたいなのがのっている。

男の社会でも官業のなかなどにはなかなか身分や上役下役のけじめがひどいものです。若いものより古手の人に権力があって、若いものがいい意見をもっていても、それはすらりと通らない場合も少くありません。組合の活動そのものを、腹の中で生意気と思う人もいるでしょう。まるで、いたちごっこです。男は女を目下に見る。女を目下に見る男は上役や父兄や親類から目下に扱われる。同時に姑と嫁、嫂と義妹などの関係では女も同じ封建的な重苦しさを女の間にもっています。
 もう今日では、男女の間の古い差別は、男対女の問題ではなくなっています。日本の社会全体が、男と女、男同士、女同士苦しめあって互に抑えつけあっている封建的な感情から抜け出さなければならない時代です。社会の進歩ということは、ただ憲法がかわったり、民法がかわったりするだけでは実現しません。私たち働く男女が、自分たちの生涯について真面目に考え、選挙についても組合についても、一人ずつ責任をもって、進歩の方へ、民主的な方へと押しすすめるように生活を導いてゆかなければだめです。
 そう考えると、第一の問に、やっぱり重大な意味のひそめられていたことがわかります。私たちが幸福になるということ、婦人の地位が向上するということは、どれも具体的な問題です。職場の女性に設備のわるい職場は現実に幸福でないし、女なんか! という気分の職場が、婦人の社会的価値を認めていず、そこで働く若い女性が幸福でないのは自然です。

 八月中には、大体の結構は出来上って居なければならない。
 九月中には、胚胎を訂正し、次の月には、何か一つ出来たら書き、若し出来兼ねたら、鈍色の夢をも一度見なおさねばならない。
 その時はかなり熱して書いたものも、今になると、あきたらぬ節が思いの外に多いのに失望する。
 それは、私にとって嬉しい事であると同時に、何となし不安定な様な心のする事である。
 或る一つの仕事を仕あげ様とする快いせわしさと、苦しさに迫られて居る。
 今の気持では年に一つ一つ何か遺して行きたいと思って居る。
 二年後には、希臘古代の彫刻家を訳して仕舞えるだろうから、そして三年目には、又何か一寸した創作でもまとめて見たい気で居る。
 斯うして、考えるので、私の先は非常に多忙な訳になる。
 此頃は、幸健康も確らしくなって来て居るから又とない心丈夫な事である。
 語学の必要をつくづく感じて居る。
 しなければならない事に追われる様で、頭が散漫になりはしまいかと怖れて居る。