believe me

 馬淵の爺さんが妾宅を出たのは十一時が打ってからであった。毘沙門前の屋台鮨でとろを二つ三つつまんで、それで結構散財した気もちになって夜店をひやかしながら帰って行く。電車通りを越えてすぐの左手の家具屋の露地を曲ると虎丸撞球場というのがある。この前まで来ると爺さんは何とはなしに心の緊張を覚えるのが常である。手に持った扇子を帯へさしこみ、衿元のゆるんだのを直したりする。

 男達は、各々の勤勉さを害ねない程度に、槇子への秋波を怠らなかった。丁度、交尾期の雄犬が、その鋭い嗅覚で雌犬の存在を知るように、行手では、どの男もどの男も顔をあげて彼女を迎えた。
 証券部長は一階の席にいなかった。
 給仕の知らせで、槇子は、正面の羅紗張りのドアを押した。後で、男達の囁きが起った。
「あの、お呼びでいらっしゃいますか?」
 海色の応接室の中で、部長はソファに埋って、昨夜の不足な睡りを補っていた。
「あの、前川ですが……」

 古行李には、ぎんが持物の中でも一番自慢にしているもの、奥様のお下りのラッコの毛で縁どったショールが納まってあった。これは舶来物の飛切品だと奥様は今も惜んでいる。しかし、紺屋の婆様の鑑定によると、ラッコとは真っ赤な嘘で、兎の毛をうまく染めたものだという。虫のせいか、あちこちボッコリと毟り取ったように毛が抜けて、見るかげもなかった。
 毎度、虫干しの季節になると、ぎんはこの三畳間に細引を張って、持物に風を通すことを忘れなかった。そんなとき、紺屋の誰かが格子窓から覗くと、ぎんは一つ一つに勿体をつけて自慢した。店の娘たちが汗になってミシンにしがみついているところへ、出しぬけにラッコのショールで現われて、みんなの度胆を抜いたりした。

それから懐へたたんで入れておいた手拭いで顔をひと撫ですることを忘れない、つまり、爺さんがためには虎丸撞球場のこの明い軒燈は脱いでおいたいつものお面をかぶる合図ともなっているのだ。小半丁ばかり歩いたところに家がある。格子を開けると、足の悪い女中の種が出迎えた。跛をひきひき爺さんのあとから跟いてきて、脱ぎすてた羽織や足袋の類を片付ける。爺さんはちょっとの間気嫌の悪い顔付きでむっつりと黙りこんでいる。よく仕事の上での訪問づかれで戻った時など爺さんはこんな顔をするのである。